切口

5月も もう数日で終わりですね、こうして見ると 桜が咲き 散る事が

大きな季節の変わり目のようです 古来日本人が桜に こだわり続ける意味も

少しですが 理解できるようです。

新しい木々の芽が伸び 色鮮やかな葉が目に眩しいくらいです。 

散歩した山手公園の木々もすっかり夏の準備が出来ています

人間の営みと思いにかかわらず 季節は正直に巡ります

こんな事を考えるのも 

図象学(イコノグラフィ)で見る 中世キリスト教美術の本を読み 

次いで「馬の世界史」「イラク建国」と 確かめたかった事があって 

読み進む内に ユーラシア大陸から海の中 東の端に位置する日本は 

絶えず大陸を通しためがねで世界を考える癖が身に染み付いているのでは?

と考えながら 目的も無く歩く途中 

虫害の対処なのでしょう?か 

伐られた木の株の切り口を見かけましたが、

そのまま放置されていたのでは、

切り口から雨などが浸透して腐るのでは?

切り口に 膠か墨汁を塗って上げると又 ひこばえと言われる

新しい芽が出てくるのにと、役人の仕事はなんといい加減で中途半端なのか?

温暖多湿な国なので草木がすぐ伸びて来るせいか、 

少し 木々への優しさが感じられませんね

普段木々の手入れをしている人達にとっていちいち気にせず 

木への感覚が麻痺しているのかしら?


厳しい気候で砂漠化した国では・・・

もう少し大事にするのでは?等と考えながら 散歩を続けました。

馬が最初に家畜化されたのは西アジアらしく 

およそ6000年前と推測されています。

最近お騒がせのウクライナには こんな古い歴史もあるのです。

「ウクライナ地方のドニエプル川西岸のデレイフカ村から後期新石器時代の 

住居跡発掘から家畜化されたと見られる馬の骨が見つかり・・・・・。」
本村凌二 著「馬の世界史」 より・・


馬による耕作も勿論ですが 

戦いに於いて馬のスピードは革命的でしたでしょうね、

勿論戦争の道具としてだけでなく 移動する食料でもありました  

西に東に 我々が歴史で習わない 

文字を持たない中央アジアから東欧への民族の歴史があったようです。

中国は絶えず周囲の騎馬民族に襲われ 

歴代の皇帝や王朝はこの対策に頭を悩まされていたようです、

シルク・ロードや 万里の長城はもっと後の時代の事です。

どんな?民族で どんな?文明だったのでしょう。

西は地中海沿岸から中東え、東は中国まで 

馬の出現で歴史が戦と共に動いていたのでしょう。

そして 大陸の端の海を越えて 日本にも様々な事が伝わりました。

気候と地政学的な要素が生存の条件で 

侵略や移動する事が生き延びる為に必然だったようです。

おりしも 読売オンラインからネット・サーフインでたどり着いた 

北海道のSTVの動画で 2歳馬のセリが行われて居ました

学生時代 馬術を少しやっていたので 馬が大好きなのです、

(時々飲みながら北海道の日高地方の牧場の写真を眺めていたりします)


馬を切り口に 陽気に誘われて ふとこんな事を考えました。

貴方の切り口は 何でしょうか?

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by monk-1 | 2015-05-28 15:31 | Comments(3)
Commented by fuurai12 at 2015-05-30 00:42
わが家近くの桜並木、ある日機械でバッサリと切られた後の切り株には、何も塗ってないような気が致しますが・・・?
気が付かないだけかしら・・・? 何処かのは 確かに塗ってありますね、あれは膠 漆なのですか?
並木の桜は、枯れたのかしらと思っておりますと、いつの間にか新芽が出始め 花をつけております。
本当に自然の力は素晴らしいです。

お馬さん、此の私も好きですねぇ^^。
お馬さんって、真正面からズンズンと近づきますと怖がりますねぇ。
前足を上げ いななきまして 蹴られるかと思った事ございました(笑)。
私を怖がったのですね。
Commented by fuurai12 at 2015-05-30 00:51
あらっ!漆では無くて 墨汁なのですね。
膠と墨汁、 墨汁は何となく理解できましたが、膠って、固まらないのでしょうか?
Commented by monk-1 at 2015-05-30 09:12
木の切り口から 雑菌が入るのを防ぐ為にニカワが 古来より使われていました、墨汁には 小量ですが ニカワが入っています。 すごしやすく なりましたね。


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