未だ、未だ 知らない事

3連休の最後の日ですね、
午後にも関東の桜の開花宣言が出るのでは?とニュースでは伝えていますが
風は冷たいです。
本を読みながら 記憶力の衰えをカバーする為に、
重要と思われる所を 抜書きメモにしているのですが、
増えていくにつれ 整理しながら書かないとメモが乱雑に混ざり合い
あれは何処に入ったのか?、確か?此処に入れたはず?と又混乱です。
年寄りは嫌ですね・・・・・・・・。
メモ用紙は裏が白ければ、カレンダーのような硬い紙からポストに投げ込まれる紙まで 
何でも集めて切って保管しています、
書き抜きのメモも結構な量で、 
クリップで留めた紙が15センチ位の高さで、山が3つ程に成りました。
暇を見て メモをPCのメモに整理しながら書き写し USBへ取り込み、
ファイルに名前をつけて整理しています。
写真も同じような要領で整理です、
今(11時26分)桜の開花宣言が出たようです。

依然読んだ本「キリストと黒いマリアの謎」 清川理一郎著 彩流社刊

のメモ書きが漸く見つかりました、

ユダヤ教エッセネ派(ユダヤ教グノーシス派)の事を
もう少し詳しく書き載せる予定で探していました。
旧約聖書のユダヤ教最後で最大の預言者として名を馳せていた「預言者ヨハネ」は
最後の預言者(キリスト.クリストス)として影響力が有り 
エッセネ派を主導していました。
後世の多数派教会(ローマ、キリスト教)が自分達の教義の正当性を示す為に
様々な形で他派やヨハネについての歴史を捻じ曲げていた事は
既に 多くの神学者や研究者が指摘している所ですが、
前述の本の中で 著者の清川氏は イエスが洗礼を受けた事を疑っています。
後に新約聖書の「マルコの福音書」「マタイの福音書」のみが受洗に触れていて
他の書簡の中ではきちんと述べられていない事、
マルコはペテロの弟子で整合性を保持する為 
無理な解釈が有ると指摘しています、
ヨハネがイエスに洗礼を与えたと言うのは嘘で
後の「三位一体説」で 「父と子と聖霊との御名において」と言われる
アタナシウス派によって理論化された、
神とイエスと精霊の三者はそれぞれ別な位格をもつが
実体としては一体である、という神学説を・・・・・・正当な事とする為。

ニケーア公会議に始まる数回の公会議を通じて、キリスト教の正統教義とされた。
つまり 神と聖霊と子(イエス)は同じで同格と、だから神の子イエスを信じなさいと、
聖霊に洗礼(受洗)を受けたと言っているのです、
又 十字架上で磔刑を受け死んだとされ 
下ろされた死体の、イエスの足をマグダラのマリアが 香油で洗ったと・・・。
イエスは怪我は負ったものの死んではいなく クムラン教団に逃げ帰ったと、
真偽の程は私には現時点では解かりませんが「クムラン教団」が出てきました。

1947年現在の死海の北西部にある 古代の遺跡近くの洞窟から発見された
「死海文書」の事にも詳しくはないのですが 触れなければいけなくなりました。
発見されてから数十年全貌が明かされず、
人によってはローマ教会側が
正当性を揺るがすような文書の発表を遅らせようと邪魔をしたとか。
学者同士の熾烈な名誉欲の為に牽制し合い 
泥仕合を演じていたとか?。

以下に グーグルが電子化した「死海文書」を載せて起きます、

死海文書に出てくるクムラン教団とは ユダヤ教エッセネ派つまり
ヨハネが率いるユダヤ教グノーシス主義の教団が「死海文書」に現されている
クムラン教団の事なのです、
「マサダ砦の攻防戦」紀元68年以降
ローマ軍によりその後の教団の消息は不明となりますが、
ヨハネ教が存在し、斬首後 ヨハネの存在は変遷し 
イエスが神の子として使徒と共に主役の座に躍り出てきます。
又 著者はイエスは母マリアと、駐留していたローマ兵との間の出来た子供では?と
つまり未婚の女性が産んだ 私生児なのではと、
処女懐胎も うなずけます。

テンプル騎士団からフリーメーソンへと 聖ヨハネを守護神とする秘匿性の高い
様々な団体が存在し、
聖母子像も多神教時代のエジプト神話から生まれた
イシス母子像を真似たもので 
その他にも キュベレ信仰、アルテミス信仰等
地母神信仰の影響も見られますが
私はイシス信仰がベースのグノーシス主義が ユダヤ教エッセネ派では?と
考えています。

おおよそ 4000~5000年前から栄えたエジプト文明の神話から 
イシス信仰が広くアナトリア半島(現在のトルコ共和国)地中海沿岸地方、フランスへと

よく言われる終末論に出てくる光と闇の2元論も 
エジプト神話の昼と夜を支配する神話の受け売りのように見えますし。
パリ市内を流れるセーヌ河の中州シテ島に住んでいたケルト人が
イシスを信じていた事も良く知られていた事で 
その後ローマに席巻されて「パリジ族」から 都市「パリ」の名が付けられた事や、
フランス国内で未だにイシス信仰が信じられ教会にもその名残は見られ、
「黒い聖母像」が地下の礼拝所に 多数祭られていて尊敬を受けている事も
日本人が余り知らない事実です。

少し飛びますが テンプル騎士団が考案した遺跡巡礼者の保護のための
お金を持たずに巡礼できる「信用状」、その後帰国してから精算できるという、
安全、便利な優れもので、
地中海の交易商が使う「割符」と言い現在でも使える 
後の「小切手」「手形」の原型も生み出されました。

ヨーロッパに帰国したテンプル騎士団が金融の対象とした王族、貴族達。
聖ヨハネを守護聖人として持つ彼らが異端とされ逃亡し、地下に潜り
金融による世界支配を考えたとしても 不思議ではありません。
細かい疑問は沢山有りますが。著者が書かれた頃は
未だ「ナグハマデイ文書」も 全ては発表されていませんし
ジェームス.キャメロン率いる考古学チームが エルサレムのタルビオットの丘で
大工ヨセフと その息子イエスの骨館を見つけるのも、もっと後の事で止む得ません。

ケーブルTV「ヒストリー」で 保存版、テンプル騎士団の謎を放映していますが
内容は調べた内容と大差なく 見てみましたがガッカリです。
バチカンが何かとうるさいようですが 限界でしょうか?

松尾芭蕉が 東北を訪れた時に読んだ

「夏草や 兵(つわもの)共が 夢の跡」

栄華を誇った 平泉中尊寺の藤原3代の夢の跡を訪れた時に詠んだ句なのですが

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そして 好きな良寛さんの 辞世の句

「裏を見せ 表を見せて 散る紅葉」

日本人の死生観とは違う人達の事を、好奇心だけで調べています。

      (PCも本を読んで 独学だよ~~ん)
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by monk-1 | 2016-03-21 13:30 | Comments(0)


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