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空は明るいのですが 今日一日は蒸し暑い曇天模様です。

鉢植えの植え替えも無事に 全て終わり、
昨日は植木を眺めながら 冷たいビールを飲みました。

途中で植え替え用の土が足りなくなり、
運動も兼ねて本牧2丁目のお花屋さんまで歩いて買いに行きました。
鹿沼土と赤玉の小粒を買い、序に ビールも・・・・。

植え替えが全て終わり
パイプの清掃を・・ 、リマー(カーボン・カッター)で
ボール(タバコを詰めるところ)の内側についたカーボンを削り取り、
マウス・ピースのフイルターも、
パルサ材の6ミリのフイルターに新しく付け替えました。

パルサ材は ノ-ルウエーの学者 ヘイエルダールが 
ペルーから南太平洋を筏で渡った時に 筏材として使用した木材です。

トール・ヘイエルダール(1914~2002) 
ノルウェーの民族学者・探検家。
ペルーの神話や巨石の類似から,
古代のアメリカとポリネシアのあいだに交流があったとする
コン=チキ学説をたてその証明のため,
1947年4月,バルサ材の筏「コンチキ号」でペルーを出航。
101日後7,000km余りを漂流,
太平洋ポリネシアのツアモツ諸島のラロイア環礁に達した。
彼らの航海を描いた長編ドキュメンタリー映画『Kon-Tiki』は、
1951年のアカデミー賞長編ドキュメンタリー映画賞を受賞した。
1953年,ガラパゴス諸島,
1955~56年東太平洋イースター島の考古学調査を行い
コン=チキ学説を補強した。
1969年には古代エジプトとペルーの交流を証明すべく,
パピルスで作った葦舟ラー号で大西洋横断を試み失敗したが,
翌年ラー2世号で成功した。
1977~78年,シュメール型の葦舟チグリス号で
アジアからアフリカへ古代の航海の可能性を探った。
チグリス号の探検の後、
インド洋モルジブ諸島、カナリア諸島のテネリフェ島 などでに発掘を行った。

http://www.santaletter.jp/kodomo/tankenka/heierdal/heierdal.html

ヘイエルダール博士

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コンチキ号

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お話しが横路に逸れましたが、 紙のフイルターも在るのですが
ここ数年 パルサ材を使っています。

タバコを詰め 火を付けて 一服です、

ノンビリした 徘徊ボケ老人モンクの午後です。


トランプ大統領の放言は収まらず、
「北朝鮮との会談を取りやめる」と 言ったと思ったら
翌日には「未だ6月12日に会談を行う可能性も在る」 とか、

見え透いた揺さぶりを 言葉足らずに放言です。

徘徊ボケ老人の私見ですが、

北朝鮮は 自ら「核クラブ」に入っていると??吹聴し
核保有国として 正等に扱え!と

核廃棄は段階的に行い、同時に韓国の核の傘も段階的に行う事で、

韓半島の平和的な統一が可能に成ると、
(北主導の統一で共産主義国家を誕生させる)

理屈を付けて 半島における米軍の存在と脅威を削減する事は
中国にとっても好ましい進展なのです。

当然 THAAD(サード)も撤去する方向へのお話しです。
 
 注 終末高高度防衛ミサイル
  (Terminal High Altitude Area Defense missile)及び
  これを運用するためのレーダーや指令コントロールなどを含めた
  ミサイル迎撃システムのこと。
  米国が開発したミサイル防衛システムの一つで、
  終末高高度(弾道ミサイルが大気圏に再突入する最終段階に達した直後の、
  成層圏よりも高い高度)で迎撃し破壊することを目的としたもの。
  韓国には配備が決まり 中国本土深くまでが裸にされます。

既に韓国には 従北の左翼 ムン・ジェイン政権が出来ているから、
平和、友好ムードを演出する事で 
米軍の撤退を視野に入れているのです。

一方アメリカは ミサイルの弾頭にする為の
核の小型化は完成していなく、時間稼ぎと考えています。

ミサイルの成層圏突入の際の 
角度を制御する技術も完成していないと考えています。

核爆弾は 日本の京都大学で勉強した
在日が研究し持ち帰った技術ですが、
小型化の技術までは行っていません。

アメリカは段階的にじゃなく 直ぐに全ての核開発を止める様にと。

話の思惑と違いが 明らかですね。

核関連の物品は全てアメリカ本土へ送り 廃棄すると、
廃棄前に全ての技術を検証し、
何処からその 核技術を持ち込んだかも調べます。

会談が打ち切りに成ると 北朝鮮に残された道は限られます。

暴発し 成層圏に核ミサイルを打ち込み 爆発させるか??

アメリカの圧力が高まりますね、

電磁システムが世界中で使えなくなります。
衛星通信、天候観測衛星、インフラ設備のコントロールも、
銀行決済も世界中で出来なくなります。

勿論インターネットやGPS 携帯電話もです、
太陽風から 地球を守る 電磁の壁に穴が開き
地球上に太陽風が吹き荒れる怖れもあります。
被害は想像を超えて起きます。

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タイムス紙は 
困ったちゃん のトランプを・・・

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https://www.thetimes.co.uk/

北の将軍様の取り巻きにも 意見の相違が見て取れますね、
強硬派と 柔軟派 金正恩一人の考えでは無いです、

もしかして? 体制崩壊もあり得ますね。


先週の25日から ユーロではGDPR法が施行されました。
一般データー保護規制 だそうです。

フエイスブックの個人データー 8000万件を使った
選挙への介入疑惑が発覚し 
フエイスブックのCEOがユーロへ謝罪に行っています。

私達がネットを使用し、通販等のサイトでも
誓約書に同意を求められる時があり、その時には 一般的に
桝形の四角の中に チエックを入れるだけで同意した事になり、
余り気にしていなかったのですが、

フランスの通信社が フエイスブック社に同意した契約書を見せてもらい
ダウンロードした所
A4サイズの紙 150枚分に及んだそうです。

中に書かれている用件には 情報を共有する複数の企業も在る事
企業名は明かせないとも書かれていました。

Google and Facebook accused of breaking GDPR laws
Complaints have been filed against Facebook, Google, Instagram
and WhatsApp
within hours of the new GDPR data protection law taking effect.

The companies are accused of forcing users to consent
to targeted advertising to use the services.
http://www.bbc.com/news/technology-44252327

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この法律で
大手のIT企業は法律に違反する形に成り
撤退するか 違反金を支払うか 求められます。

ウエブサイトに入ると 色々なIT広告がサイトに載っていて
嫌でも見せられます
TVを抜いたと言われる 広告収入はIT企業に取り命ですね、
それが規制を受けるわけです。

さあ 如何するのでしょう?

日本でも名簿業者のように 様々な名簿を販売する業者が在り
裏では 高額で取引されているとも言われています。

販売のDM送付だけでなく 騒がれている電話詐欺に使用されています。

子供の入学、卒業、大学の同窓会名簿、そして
ネットで色々なサイトで 
気にする事無く チエックを入れて同意するサイト、
全ての個人情報が 悪用される危険性があるようです。

日本は未だ々遅れていますね、

モリ、カケの蕎麦屋談義ですから。

天草の古い教会群が 世界遺産に登録を申請とか言われていますが、
腹立たしい限りです。

キリスト教徒による 日本人奴隷貿易は完全に無視されています。
これでは 拉致された日本人が 
気にもかけられていない事も理解出来ます。

自分さえ良ければ現状維持で それで良いと、

宮崎メルマガの書評に 
キリスト教関係の本の書評が載っていましたので引用します。

引用
「朝鮮侵略」などと言われたが、
ようやく明かされた秀吉の朝鮮出兵の真実
  キリスト教の野望を潰えさせたばかりか、
  スペインは日本の脅威に備えた

  ♪
平川靜『戦国日本と大航海時代』(中公新書)
@@@@@@@@@@@@@@@@@@

 おりしも日本政府はユネスコに対して
「潜伏切支丹」を世界遺産に登録するように本格的な働きかけをなし、
登録が確実視されている。
熊本県、とくに天草の島西南部と、長崎県の長崎市外海、
平戸などに散在するキリスト教会、
長崎市内の大浦天主堂など12の教会は
切支丹伴天連が禁止された時代を生き延び、
マリア像を貝殻などに偽装して「隠れ信者」を集めたという。
 
評者(宮崎)はこれらの教会をほとんど見ているが、
天草の隠れ教会は岸壁に位置していたり、
外海の各地でも美観をほこる場所にひっそりと建っている。
この因縁からか遠藤周作文学記念館は、外海の崖っぷちに建つのである。
 
しかし、
なぜ禁教に至ったかを日本政府は先に
国際社会に説明しなければならないだろう。
「世界遺産」をこのまま登録されては、
日本がまるで時代錯誤的な宗教弾圧国家と誤解されないからだ。

 
日本は当初、キリシタンバテレンに寛大だった。
本書はかかるべくして書かれた、正当な歴史書である。
あの大航海時代に、世界を荒らし回ったスペインとポルトガル。
しかし日本は
世界最強のスペインの侵略を跳ね返したばかりではなかった。
スペインは植民地化し軍事拠点としていたフィリピンで厳重に武装を固め、
日本からの攻撃に震えながら備えたのだ。
 
こうした真実は長きにわたって歪められて解釈されるか、
無視され続けた。
 
近年、キリスト教の宣教師たちが侵略の先兵だったことは
広く知られるようになった。
貿易の利を吹聴しつつ、
ホンネはキリスト教の武装集団を日本国内に組織化し、
いずれ国家を転覆して日本をまるごとキリスト教の植民地にする。
日本に運ばれる珍品は、
ときに彼らが倭寇も顔負けの海賊行為を働き、
ほかの貿易船から盗んできた。
ようするに南蛮船とは海賊船と同義語でもあった。
 
異教徒の宣教師が日本に上陸して布教を始めたのは九州が最初だった。
大友氏、島津氏、
そして長州では大内氏がめずらしくもあった異教に寛容だった。
なにしろデウスと日本の神様が似ているという
故意に歪曲された解釈がまかり通ったからだ。
マリアは観音様に模された。

いくつかの領内では仏教寺院が破壊され、仏僧らは強く抗議していた。
にもかかわらず信長はキリスト教の布教に異様なほど寛容だった。

信長は比叡、石山ならびに伊勢の一向一揆に手を焼いており、
この当面の敵に対応するためにキリスト教を利用しようとした。
 
信長が派手に演出して正親町天皇も列席した「馬揃え」(軍事パレード)は、
お祭りだったという浅薄な解釈があるが、
この馬揃えには
宣教師のウォリヤーノ(イエズス会インド管区巡察師)も招かれていた。
驚くべし、
天皇と異教宣教師が同席したのである。
それ以前に正親町天皇は、伴天連追放の綸旨をだしていたにも拘わらず。
 
平川氏は、これを「このパフォーマンスは諸大名向けというに留まらず、
まさに天皇とイエズス会の上に信長が君臨するというメッセージ」
だと解釈する。
 
「ザビエルが来日してから、わずか40年にして、
日本のキリシタン人口は約20万人あるいは30万人に達したといわれている。
この勢いに気をよくしたイエズス会は、
切支丹大名を支援して日本をキリスト教国に改造することを構想していた」。
 
そのうえ日本人を拉致し、
アジアからインドへ奴隷に売り飛ばして巨富を稼ぎ出した。
戦国大名の何人かをキリスト教で洗脳し、
当該藩内では寺院を打ち壊した。
まさにキリスト教の野望、とどまるところがなかった。
 
あまつさえキリスト教になった大名を煽動して、
シナ侵略の手先につかえば、日本の武士の戦闘力は高いから、
きっと役に立つと述べている宣教師らの本国への報告文書が、
次々と発見されている。
 
秀吉は早くからその脅威を認識していたが、
全面禁止に到らなかったのは、
かれらが運んでくる文明の利器、
世界情勢に関する鮮度の高い情報が必要だったからである。
 
しかし「朝鮮出兵によって日本は、
朝鮮および明国の軍隊と干?(かんか)を交え、
それと前後して、
世界最強といわれたスペイン勢力にも服属を要求するなど、
強硬外交を展開した。
朝鮮出兵という、日本による巨大な軍事行動は、
スペイン勢力に重大な恐怖心を与えた」
 
フィリピンに駐在したスペイン提督は
マニラに戒厳令を敷いたほどで軍事大国としての日本の存在は以後、
世界史に登場することになる。
 
フロイスやヴァリヤーノよりも強烈な野心を研いで
日本侵略の野望を捨てなかったのはコエリョだった。
コエリョは日本準管区長であり、
日本における信者獲得実績を誇大に報告して
成績を上げることにも夢中だった。
 
「コエリョは大量の火縄銃の買い付けを命じるとともに、
有馬晴信や小西行長などの切支丹大名に反秀吉連合の結成を呼びかけた」うえ、
「フィリピンの総督や司教に対して援軍派遣を要請した」
むろん、コエリョの要請をマニラのトップは拒否した。
戦っても日本の軍事力に勝てるという自信がなかったからだ。

 
家康の時代になっても、キリスト教宣教師らは野望を捨てていなかった。
家康に巧妙に近付き、御追従と嘘を繰り出しつつ、
何としても布教権を獲得しようと多彩な工作を展開した。
日本をキリスト教国に仕立て直し、
スペイン国王の支配下におく企みは進行した。
ただし、
「日本の強大な軍事力を前にして、武力による征服は不可能と悟った」がゆえに、
「布教による日本征服」という遠大な方針に切り替えたのだ。
 
メキシコやインディオを残虐な方法で殺戮し、
植民地支配を拡げてきたスペインは、
フィリピンまで征服し、
次のシナ大陸進行の橋頭堡を確保するために
日本を征服するという基本構想をすてた。
臨時フィリピン総督なったビベロが、日本各地をまわって、
「要塞堅固な城郭に驚嘆し」(中略)
「日本の軍事力の強大さ、強硬な日本外交を肌身に染みて感じていた」
からに他ならない。
 
つまり「日本を征服するどころか、
逆にマニラが日本によって征服されるのではないかとすら恐れていた」。
 
家康は新興勢力だったイギリスとオランダを重宝し、
かれらが「布教を条件としない」のであれば、貿易を認める。
それが平戸と出島だった。
 
こうして明らかとなってきたことは、
秀吉の正確な国際情勢の認識と対応の迅速さであり、
戦後、
日本の歴史学が閑却した朝鮮出兵の真実が明らかになったことである。
また秀吉のあとを継いでキリストの布教に潜む野心を把握していた徳川は
布教の許可には慎重な態度を崩さず、
一方で折から台頭してきた英国とオランダの情報を分析してバランスを取り、
とくにオランダを貿易で徹底利用した。
当時の日本の指導者には歴史を冷静に客観的に判断できる、
確かな目があったことである。

 
ともかく信長がキリスト教の宣教師を保護し、
布教を認めた背景を理解するには、
当時の政治学的な状況を勘案しなければならない。
信長の行く手を阻んだのは比叡であり、雑賀であり、
しかも寺社勢力は武装していた。
信長自身は法華経を信じていた。
比叡の軍事力を殲滅するには新興宗教の力が必要だったうえ、
かれらがもたらした火縄銃という、新兵器の魅力も大きかった。
 
秀吉が前期にキリスト教に寛大だったのは、信長の後継として、
外国からもたらされる文明の利器と、
マニラを経由して入ってくる国際情勢のニュースだった。
しかし宣教師らを通じて得た情報とはキリスト教の布教の裏で、
日本の美女をおびただしく拉致し、
売春婦として西欧に運んだことであり、
また同時に一神教の凶悪な侵略性だった。
切支丹伴天連の大名だった高山右近は、
領内の寺社仏閣を破壊する凶暴性を示し、
やがてキリスト教徒が日本を侵略する牙を研いでいることを
秀吉は知って追放に踏み切った。
 
家康はもともと浄土宗の信者である。
三河時代から一向一揆の反乱に手を焼いて、大樹寺に助けられて以来、
浄土真宗をいかに政治に取り入れるかに腐心し、
同時に家康は
スペイン、ポルトガルとは異なった一派が勢力を拡げている事情を
英国人ウィリアム・アダムスとオランダ人のヤン・ヨーステンから知った。
それゆえキリスト教の布教を認めず、
しかし貿易のために英国には平戸を解放し、
オランダ人も通商だけに専念するとする理由で長崎出島の活用を許した。

布教は御法度だったが、天草では反徳川の不満分子が反乱を起こしたため、
これをようやくにして鎮圧し、
以後は「鎖国」として、キリストを封じ込めたのである。
 
明治政府は、
文明開化を鮮明にしてキリスト教の布教も許さざるを得なくなったが、
同時に防波堤が必要であり、
国内のナショナリズムを高めるために日本古来の神道の復活を奨励し、
薩摩や水戸では過激な廃仏毀釈がおきた。
かようにして宗教とは政治とが一体となれば、
イランのような狂信的イスラム国家を産むように、
政治と宗教は切り離すことが近代の政治のテーマとなった。
 
いずれにせよ、
本書は今日までのキリスト教を誤解してきた迷妄を
打ち破る快心作ではないかと思う。

引用終わり

海洋考古学の第一人者のフランス人学者を紹介したときに
エジプトのアレキサンドリアの海中から引揚げられた
紀元前3000年前頃の エジプト神話の「イシスの母子像」を紹介し
キリスト教のマリア像が パクリである事を書きました。

黒いマリア像を研究中には 黒いマリア像は マグダラ説も在りますが
地中海から フランス北部迄ケルト人が信仰していた
多神教のドウルーズ教の影響で 民間信仰には
エジプトの絶対神のイシス信者が多くいました。

ギリシアの神々が現れるのは この ずっーと後の事です。

フランスのパリ セーヌ川のシテ島に本拠を置いていた
パリジ族もイシス信仰の影響を受けていて、
後のパリと言う地名も シテ島のパリジ族から来ていますと書きました。

占領軍の洗脳政策のキリスト教受難史観から
早く脱却して欲しい物です、

でも オウムや 統一教会を信じている人や
色々な 拝み屋信仰、霊能者信仰とか ・・・嫌になりますね、

何を言っても 無駄かもしれませんね。

矢張り 一杯飲みます ・・・・暑気払いです。






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by monk-1 | 2018-05-26 11:32 | Comments(0)


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