天網恢恢 疎にして漏らさず


一雨毎に 季節が少しづつ 移り行くのが感じられます。

つい この間迄の酷暑は 何だった?のでしょうか。

大きな地震に見舞われた北海道の
大雪山系の旭岳山頂には 初冠雪だったようです。

先日 今年初めてのサンマの塩焼きで 一杯遣りました。

美味しかったです。

買い求めてから一度も使ったことの無いお皿を引っ張り出して
焼き魚を乗せてみましたが、色合いが今一でしたね。

藍色の模様の長方形の皿なんですが
矢張り 焼き魚には 白地のお皿が似合うようです。

現在では焼き物も 手描きじゃ無く 
シールを貼って紋様を作るようで

細かい藍色の紋様の皿は 失敗しました。

痛み止めを飲みながら お酒を飲むという
ハレンチな生活を送っている 徘徊ボケ老人です。

自民党の総裁選は 安倍総理の三選が決まりました。
当然と言えば当然なのですが、
メデイアの安倍総理への 酷い扱いが目に余りますね。

対立候補の石破は
「パチンコ屋の倒産を応援するブログ」さんより 引用です。

石破派が47都道府県それぞれ向けに作った動画もあるのですが、
沖縄向け動画では
「1950年代、反米基地闘争が燃えさかることを恐れた日本と米国が、
 当時米国の施政下にあった沖縄に、海兵隊の部隊を移したからだと聞いている。
(略)このことを決して忘れてはならない」
なんて無茶苦茶な事を言っていた事で

批判が相当来たらしく
この問題発言の部分だけをカットしたものにこそっと差し替えました。
引用終わり
沖縄に行くのに パスポート(旅券が必要な時代)が必要でした。
石破は 年齢 幾つ?なのでしょう。
無知にも程度が有ります。

「パチンコ屋の倒産を応援するブログ」
https://ttensan.exblog.jp/

ある民放の番組に安倍総理と対立候補の石破が出演した時の
一場面ですが、
作家の百田氏が 自分の子供なら「ぶん殴ってやる」と言わしめた
女性アナウンサーの 凄い形相と目つきです。

一国の総理を見る目では有りませんね。

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犬HKの 鈴木と言い この女(名前は知りません)と言い
ろくな奴では有りません、
低脳振りをさらけ出しています。



NYT(ニューヨークタイムス)が又々 内部告発の次に関係者の証言とやらで
匿名の人間から聴いたとして、
トランプを蔑む記事を載せています。

司法副長官のローゼンスタイン氏が 大統領の会話を秘密で録音して
憲法修正条項違反の証拠を掴み
大統領を引き摺り下ろそうとしていたと
記事を書いています。

ローゼンスタイン氏は直ぐに否定していますが
FBI高官を巻き込み お騒がせです。
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真ん中がローゼンスタイン氏で 左が相談を受けたFBIの高官です。

Wallace: Rosenstein Issued 'Weak, Lawyerly' Denial of Bombshell NYT Report

Rosenstein reportedly discussed 25th Amendment.
http://insider.foxnews.com/2018/09/21/chris-wallace-rosenstein-issued-weak-lawyerly-denial-bombshell-nyt-report

ニューヨーク・タイムス紙も ネタ切れのようですね、

文在寅(ムン・ジェイン)が平壌を訪問して 大歓迎を受け
三度目の南・北会談が 大成功だった?と自画自賛しているようですが、
アメリカの思惑を無視して、韓国の財閥トップと中央銀行総裁と言う
疑似餌を連れて行き 餌をチラつかせながらの会談で

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文在寅は前のめりに成り、北朝鮮の広報を自ら勤めています。
先ず対象と成る 核施設のリストすら出来ていません。

固定的なICBMの発射施設の破壊を行うと言っていますが、

移動式の大陸間弾道ミサイル発射を行う 
大型の移動式発射台が何台?格納施設が何処に?
修理、整備工場は? 
何も判っていません。

以前にもプルトニウムを抽出する軽水炉型原発を一基破壊しましたが
核兵器の原料を作る工場は 衛星写真によると現在稼働中です。

南・北を鉄道で結び使用できるように・・・・

東西両岸に国道を延長して 使用できる状態に・・・
疑似餌を見せながら・・・・
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アメリカの意向を無視して 統一へ向かって闇雲に進んでいます。

アメリカの共和党議員からは 強い批判が出ています。

ポンペイオ国務長官はBBCのインタビューに答えて

核の検証を行う専門家(IAEA)のグループを
北に派遣するところから始まり
廃棄するリストの提出を求めて 検証可能な状態が先ず先と
釘を刺しています。

不可逆的な非核化とは 程遠いムンジエインのピョンヤン訪問でした。

支持率が下がり続ける韓国国内向けの演出が半分のようです。

年内にもう一度 FRBが利上げするようですが
韓国経済は持ちこたえる事が出来るのかしら?
むしろ そちらが心配ですね

又 日本に縋って来るのかな??。

イギリスが国連に
ミヤンマーの軍人を大量虐殺の疑いで裁判を行うようにと、
安全保障理事会にかけるようです。

江戸の仇を長崎で・・・・
イギリスの言いなりに成らない スーチー女史への
強烈なしっぺ返しです。
まさに「不実のアルビジョン」を地で行っています。

英国の植民地支配の不実を拭う 的外れの議論です。
ビルマ建国時の
イスラム教徒と仏教徒の戦争の記憶は拭いがたいものなのです。

オランダの植民地南アフリカを奪う時には
植民地のインドからグルカ兵を投入し

ビルマにはイスラム教徒のベンガル人(ロヒンギャ)を
仏教徒と争わせ、
世界中の植民地でイギリスが行って来た事は
現在でも騒乱の地なのです。

ユーロ離脱を巡る話し合いでオーストリアを訪問していたメイ首相は
話し合いが決裂して イギリスに戻りましたが、
ユーロ加盟各国の態度は 厳しいものでした。
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Downing Street’s ‘bloody difficult woman’
rediscovered her red corpuscles yesterday afternoon when,
in a TV address of simmering fury,
she told the Europeans to pull their act together
or see us quit their petty club without a deal.

This brief, skin-bubbler of a speech from inside No 10 – delivered
with a couple of Union Flags behind her –
was a reversion to the pre-election Mrs May.

It was a return to the days when she cheerfully speared Centrist ‘saboteurs’
of the British establishment who were trying to wreck Brexit.
https://www.dailymail.co.uk/debate/article-6195323/QUENTIN-LETTS-Theresa-Mays-seven-minutes-vinegar-vexation.html

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雑誌の表紙は

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イギリスと言えば 日本の歴史教育では絶対に触れませんが
東京大学史料編纂所教授の保谷徹氏による
『幕末日本と対外戦争の危機』などを参考にしながら少し触りだけを書きます。

幕末期にイギリス陸軍による日本侵攻計画が立案されていました。
長崎の観光名所にも成っている トーマス・グラバー邸の
トーマス・グラバーは坂本竜馬の雇い主で スポンサー(金主)でした。
グラバーはイギリスのフリーメーソンでした。

イギリス陸軍省で検討されていた日本侵攻計画

イギリスでは日本へ派遣されていたイギリス艦隊のキューバー提督が、
横浜鎖港や薩英戦争など緊迫化する
日本国内の情勢を本国政府に書簡で報告しました。
この書簡は10月29日にイギリスに到着し、
ラッセル外相が有事の対応検討を開始します。
さらに陸軍省と海軍省で日本と開戦した場合の計画が立てられることになりました。

陸軍省では清とアロー戦争を戦い
日本駐在経験も持っていたミシェル少将が戦争計画を立てました。

「日本における我々の立場に関する軍事覚書」と題した
ミシェルの書類は12月1日に作成され、
翌1864年1月26日に陸軍省へ提出、
さらに海軍省や外務省に回されています。
この文書が現在も残されており、
イギリスがどのように日本と戦う計画でいたかを知ることができる史料となっています。

ミシェルはこの覚書の中で
対日開戦の想定状況を3つに分類しました。

4.日本において我々が置かれるかもしれない、戦争になりそうな状況は3つあります。

第1に、特定の大名が我々に反抗するかもしれません。
第2に、ミカド(Mikado)と大名の一部が敵対するかもしれません。
第3に、日本政府が我々に対して戦争を宣言するかもしれません。

(「日本における我々の立場に関する軍事覚書」)

特定の大名と敵対した場合は幕府に処理させる計画だった

特定の大名家とイギリスが敵対した場合には、
ミシェルの文書では大名の領国が沿岸か内陸かで判断が分かれています。

長州藩の砲撃行為を念頭に置きながら海軍による制圧と
海上封鎖で大名家を孤立させることが考えられていました。

一方、内陸の場合は日本の地形は行軍に適さず多大な経費も掛かるため、
幕府に責任を取らせて鎮圧させようと考えていました。
攘夷派の大名が反抗しただけでは領国が孤立するだけで
住民が困窮するだけであると想定されていました。


このように、内陸部の大名への攻撃は
多大な困難と多大な経費をともなう方策であり、
主に被害を受けるのは不遇な住民たちということになる可能性が非常に高く、
その間に得られる利益は極めて疑わしいでしょう。

その一方で、政府が大名の行動に責任を取らせることは、
ダグラス家の侵掠や
アーガイル家の土地でのイングランド人虐殺の責任を取らせるのと
等しいのではないかと思われます。

(「日本における我々の立場に関する軍事覚書」)

1863年に江戸幕府が朝廷に攘夷決行を約束した期日でもあります。
この期日に長州藩が関門海峡で外国船への砲撃を開始して
下関戦争へと発展したのは有名です。
この頃に欧米列強諸国の間では秘かに日本への侵攻計画が立てられていました。


一歩間違えば日本が植民地となりかねなかった軍事計画とは、
どのようなものであったのでしょうか。

東京大学史料編纂所教授の保谷徹氏による『幕末日本と対外戦争の危機』より
(欧米列強の連合軍によって占拠された下関砲台)

国内の尊王攘夷運動の高まりと列強諸国の動き

黒船来航によって一度は開港した江戸幕府ですが、
国内の尊王攘夷運動の盛り上がりによって方針転換を余儀なくされます。
長州藩と土佐藩の尊王攘夷派が三条実美らの公卿に働きかけて
将軍徳川家茂の上洛を画策します。
1863年に徳川家茂は将軍としては
徳川家光以来の約230年ぶりとなる上洛を行って孝明天皇に上奏します。
孝明天皇は上洛した徳川家茂に攘夷の勅命を出し、
幕府は6月25日(旧暦5月10日)に攘夷決行を約束することになりました。


このため幕府は開港していた横浜を
再び閉ざす鎖港の方針を決めて諸外国へ通達しますが、
列強諸国に拒否されています。
長州藩は攘夷決行日であった6月25日に
関門海峡を通過するアメリカ商船へ砲撃を開始します。
さらにフランス通報船やオランダ艦艇への砲撃を行っています(下関事件)。
この報復としてアメリカとフランスの2国艦隊が下関を砲撃しました。
8月には生麦事件をきっかけとして
薩摩とイギリスとの間で薩英戦争が起きています。
薩英戦争ではイギリス艦隊が
薩摩の反撃によって大破1隻中破2隻・旗艦の艦長が戦死するなど
大損害を受けました。

江戸幕府の横浜鎖港の方針表明・下関事件・薩英戦争などの
日本開港の情勢悪化を受け、
西洋列強は日本へ派遣する軍備を増強しました。
1863年8月26日に横浜に集結した列強の軍備は
軍艦22隻・火砲262門・兵力5,910名の強大な兵力となりました。

この頃に西洋諸国の中で内々に日本侵攻計画が議論されています。
イギリスやロシア・フランスだけではなく
プロイセンのビスマルクも検討していたとする史料が残っています。
この記事では特にイギリス陸軍が立てていた戦争計画を紹介していきます。

イギリス陸軍省で検討されていた日本侵攻計画

イギリスでは日本へ派遣されていたイギリス艦隊のキューバー提督が、
横浜鎖港や薩英戦争など
緊迫化する日本国内の情勢を本国政府に書簡で報告しました。
この書簡は10月29日にイギリスに到着し、
ラッセル外相が有事の対応検討を開始します。
さらに陸軍省と海軍省で日本と開戦した場合の計画が立てられることになりました。
以下 省略・・・・・・・・

更に
戦前のユダヤと日本5~蒋介石軍の戦費を賄ったサッスーン商会


蒋介石(1887-1975)  中華民国初代総統

蒋介石は、1887年に現在の中華人民共和国の浙江省奉化県で、
塩商人の蒋肇聰と王采玉の間に生まれ、
成人後は日本の陸軍士官学校へ留学し、
当時は中村という日本名を名乗りました。  
日本の陸軍士官学校で軍事教育を受け、日本に亡命した際には、
日本政財界による支援で清朝打倒に奔走するなど、
日本との関係を深く持っていましたが、
後に中国共産党と合作して、
日中戦争から終戦までは日本軍と戦いました。 
日中戦争当時の自身の日記では、
日本を「倭」と表記し終始蔑んでいたそうです。 
その後辛亥革命に関わったことで孫文からの信頼を得て、
後に中華民国の主席となりました。


蒋介石は、パコダ結社のフリーメーソン、
妻の宋美齢はアメリカ系フリーメイソンの
イースタン・スター結社の会員であります。

フリーメーソンが中国に進出した最初は、
アヘン戦争後に勝利したイギリスが
1842年に香港を植民地とした2年後の1844年に、
イングランド系フリーメーソンである
「ロイヤル・サセックス結社」第501号が香港に開設されたのが始まりです。

これが中国で最初にできた、フリーメーソンのロッジで、
続いて1846年に同じイングランド系の「ゼッドランド結社」が開設され、
「ロイヤル・サセックス結社」 は間もなく広州に移り、
1863年には上海に進出しています。


当時、先に上海には
「ノーザン・ロッジ・オブ・チャイナ結社」も進出していましたが、
「ロイヤル・サセックス結社」が中国大陸進出の最大拠点と成りました。 
その後、天京(南京)を占領していた洪秀全を首領とする「太平天国」軍が、
上海を攻撃しようとした動きがありましたが、
これに対抗し 「太平天国の乱」は
常勝将軍のフリーメーソンであるゴルドンによって鎮圧されました。 

これを機に、上海にはフリーメーソン組織が激増しています。

スコットランド系の「コスモポリタン結社」、
イングランド系の「タスカン結社」、

アメリカ系の「エンシェント・ランドマーク結社」等が設立され、
漢口・鎮江・天津・芝罘・九江・青島等でも結成されていきました。


1901年に開設されたイングランド系の「デンドリー結社」は面白く、
英国東洋艦隊内フリーメーソン会員による「移動結社」であります。

第一次世界大戦までは、フリーメーソンの勢力図は、
イギリス系が強く、中国を南北に2分していました。


華北・華中・満州は、上海・天津・北京を中心とした
「イングランド系北支地区大結社」が担当し、
上海に本部を構えましたが、
麻薬王として有名な上海のサッスーン財閥を創設した
D・E・サッスーンがフリーメーソン首脳の一人であります。

サッスーンは、ゾロアスター教のペルシア人で、
インドを間接支配(植民地化)するために、
イギリスやロスチャイルド財閥が利用した男で、
アヘンで巨大な冨を得ることになりましたが、
今日でも、インドを支配しているのは、タタ財閥で、
彼らはペルシア系の人達です。
(元々EUは 鉄の過剰生産や過剰な設備投資とダンピングを防ぐ為に
 欧州連合の製鉄協定組合の性格を持ちます9

ゾロアスター教とは(拝火教徒で)クルド人、ヤジリー教徒、も含む人達で
現在のイラン系ユダヤ教徒も含まれます。

欧州の製鉄事業を買い占め 
欧州最大の製鉄会社タタスチールも タタ財閥で
サッスーン財閥は欧州最大のイギリスの銀行で
HSBCです。
香港の中国返還迄は 香港に本社が有りましたが
現在はロンドンに本社を置いています。

ルーズベルトの粗祖母は上海の物流を牛耳り 大儲けし、
主人はフリーメーソンの会員でした。

日本の歴史教育では教えない事が沢山あります。

戦後のGHQ占領下でも多くの事を私たちは知らされていません。

少しづつ 書いていく予定です。

今日は一日 曇り空ですね。

冬篭りの用意のようです、

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by monk-1 | 2018-09-22 12:08 | Comments(0)


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