毎日 清貧の生活です。

曇り空の 肌寒い日ですね。

早朝 未だう薄暗い内にモゾモゾと起きて、
コーヒーを落としますが、

温かいコーヒー・マグを持ち明けやらぬ外を眺めています。

鉢植えの植物も クリスマス・カクタスは2つに分けましたが
上手くいったようで、
両方とも花芽がこぼれんばかりです。
一部は少し朱色の花が開き始めています。
クリスマス・ローズも 下から蕾が上がってきているようです。

植物は季節に正直ですね、

PCを立ち上げて メールをチエックしていましたら
宮崎メルマガの読者投稿欄に面白い投稿記事を見つけました。

一通は元アメリカ軍に所属していた方から、
もう一通は 常連の物知りの方からでした。

以下に紹介します、

(読者の声3)テーマ: 米海兵隊ベイルート兵舎爆撃35周年

Thirty-Fifth Anniversary of the Marine Barracks Bombing、October 31, 2018
 去る10月23日は、35年前の当日にベイルートの米海兵隊兵舎が爆破され、
241人の優秀な若者が命を落とした日でした。
当時イランからの指示でテロリストが爆殺したとします。

下記は35周年にあたる特集寄稿です。
Thirty-Fifth Anniversary of the Marine Barracks Bombing
Posted: Oct 28, 2018 12:01 AM
米海兵隊ベイルート兵舎爆撃35周年
ジェームズ・A・ライヤン 寄稿
(タウンホール誌)

マスメディアが今どこも、
米国境をめざすキャラバン(主にホンジュラス発メキシコ経由)や、
サウジ記者のジャマル・カショギ殺人、
そしてパイプ爆弾の要人向け郵送のニュース
 (この寄稿日の翌日にピッツバーグのユダヤ礼拝所で乱射事件が発生)に明け暮れる間に、

悲劇的な1983年10月23日に起きた
ベイルート米国海兵隊兵舎の爆破事件はほんのわずか特集されただけだ。
我々はこの爆破攻撃がテヘランから直接命令されたという確かな機密情報を入手していた。
しかし、決して反撃することはなかった。
この悲劇にまつわる出来事をよく吟味し、
何故反撃しなかったのか考察すべきである。

事件の当日、アメリカの最優秀な241人の軍人が殺害され、
より多数の人員が重傷を負った。
当日と殆ど同時に、フランス軍の本部拠点にも似たような攻撃があり、
58人のフランス軍の空挺部隊が殺害された。

我々はイランがこれらの攻撃を計画し、命令したという確かな証拠を持っており、
同国テロリスト代理人のイスラム・アマルの仕業だった。
これはレバノンのヒズボラの前衛部隊である。

一連の攻撃を防御すべき情報を事前に我々が持っていたのは自身驚くとしても、
もっと驚異なのは反撃しなかった「理由」があったことだ。

 米国家安全保障局は、1983年9月27日付けの極秘電文を発した中で、
在ダマスカスのイラン大使、アリ・アクバル・モンタシェミが、
それ以前にテヘランから受けていた命令書があり、
それをイスラミック・アマルの指導者フセイン・アル・ムサウィへ与えたのだ。

この命令書は多国籍軍を狙った集中的な攻撃だけでなく、
アメリカ海兵隊に対する「特別」な行動を命令したものだった。

私(ライヤン提督)は当時、ペンタゴンの作戦副部長の任にあったが、
爆撃の2日後、10月25日までにこの電文を受けることはなかった。
私はあの日、同日中にCIAのラングレー本部に呼ばれた、

というのはウィリアム・ケーシーCIA長官が私に会いたいと言って来たからだ。
会議でケーシーが私に尋ねたことは、
もし加害者が誰であり、何処にいるか場所を彼が突きとめたら、
私が加害者を引き立てる計画をつくれるか?と聞いたのである。
私は直ちに同意した。

それから彼はひとつ条件があるとし、詳細が何であれ、
これを統合参謀と共有してはならないということだった。
彼は詳細が漏れ、
次回発行のワシントン・ポストにすっぱ抜かれたくなかったのだ。
私は同意し、決して鍵となる情報を手渡すことはなかった。

テロリスト・グループのイスラミック・アマルはレバノンのバールベックの近く、
レバノン軍シェイク・アブダラー兵舎に拠点を構えていた。
組織はイランのイスラム革命防衛隊の手助けで9月16日に兵舎を接収していた。
私は第6艦隊攻撃司令官のジェリー・タトル准将へ攻撃計画を送達した。
理由は当時のソビエトが我々の交信を解読していると分かっていたからだ。

最終的に全員が報告を受け、
その中に統合参謀本部(前記のケイシー長官守秘命令とは別)と
キャスパー・ワインバーガー国防長官が含まれた。
国家安全保障担当のロバート・マクファーランド大統領補佐官によると、
レーガン大統領との重要会議でワインバーガーが言うには、
兵舎の中にレバノン軍のグループが存在すると彼は考えると。
これは虚偽だった。

大統領はケーシー長官へ向かってこの点、明確にしろとのことだった
ケーシーは丁度海外出張から戻ったばかりで、
そのような事態進展のスピードについて行けず、詳解に及ぶことはなかった。
すると 、大統領が言った、「事態を整理しろ」と。
判明したのは、レバノン軍の部隊は兵舎にいなかったのだ。
しかしワインバーガーはもっと煙に巻くことを言い、
「もしこの攻撃を開始するならば、アラブの友人を我々はすべて失うだろう」と。

私から見れば、イランによるワシントン・ロビーのグループが深く関与し、
国防長官を取り込んでいたのだ。
 
結果として、艦載機が搭乗し、発進準備を完了したにも拘らず、
我々は攻撃の実行命令をなんら受けることはなかったのだ。
艦載機攻撃司令官の言葉を借りて云えば、
「これはほんのチップ・ショット(一突き)だった。」と。
我々はレバノンのバールベック近郊のシェイク兵舎を
アイオワ州の耕されたとうもろこし畑のような風景にするつもりだった。
報復に失敗したことは悲劇だったし、我々はこの誤りと共に現在も生きている。

問題がさらに積み重なり、
レーガン大統領が数日後にこの同じ標的をフランス軍と共に複合攻撃する許可を出した。
今度は、国防長官が大統領命令を単に無視し、
攻撃命令を出すことはなかった。
しかし、マクファーランド大統領補佐官とシュルツ国務長官の両名が私に語ったところでは、
彼らはワインバーガーの立ち位置を変えようと試みたが、失敗したと。

フランス軍は激怒した。
彼らは単独で攻撃を実施した。
しかし、ダメージは何も与えられなかった。

レーガンの日記にあるのは、
フランス軍がテロリストを一掃したと言明したのとは対象的だった。
 
私が確信するのは、現大統領も国家安全保障チームもこれらの事実に気がついていない。
イランは今も指弾されるべきだ。
何故にイランの神権政治が権力から除去されなければならないかがすべてを物語る。
 (ジェームズ・A.ライヤン海軍提督は元太平洋艦隊司令官。
  元国防省作戦司令部副部長、元国連米国軍事部上級代表。翻訳=インパクト・ジャパン)

一通めの引用此処まで

思い出すのは親露政権のアフガニスタンの山岳の地帯で反政府運動を行っていた
アフガニスタンのタリバン運動に対して

ジミー・カーター大統領の国家安全保障問題担当大統領顧問だった
スピグネフ・ブレジンスキーが
ロシアにアメリカのヴェトナム戦争の苦しみを与えてやると言い

反政府勢力に資金と武器を与えて
タリバン運動をささえ成長させたと言う事を
多くのアメリカ国民は知らせず、 
事実関係をフランスの週刊誌のインタビューで
事実を明かしていました。

対戦車砲のRPGを与えたのです。
資金は今殺されて騒がれている 
WPの記者と言われる カショギ氏の叔父で武器商人のカショギ氏が

中国製のAK47 通称カラシニコフ突撃銃を与えました。
欧米ではアサトライフルと呼ばれる軽量の銃です。

ブレジンスキーは
アフガンの親露政権支援でロシアが介入したためと
アメリカ国民には説明していましたが

事実はカーター大統領の許可を得て ロシア介入前にアメリカが介入していました。

反タリバン運動の指導者は若き日の ウサマ・ビンラデインです。
ブレジンスキーとビンラデインが一緒に写っている写真もあります。
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ブレジンスキーは ポーランド系ユダヤ人で
父親が外交官時代 カナダ駐在でしたが
第二次世界大戦が起き ドイツとソ連がポーランドの分割で合意し進出した為に 
母国への帰国が出来なくなり、
家族を連れてアメリカへ亡命しました。

ブレジンスキーの反露感情には 抜きがたい物が有ります。
幼少時の記憶はシツコイですね。

キッシンジャーが先ほど訪中していますが、
中国政府高官は キッシンジャーの事を高額な金(ワイロ))を要求すると 
陰口を叩いています。

一昨年 IMFが通貨バスケットに中国の通貨 元を容れた時に
拙ブログでも書きましたが、
中国利権に食らいついた国際金融資本(フランクフルトを本拠と)は
中国市場の可能性を独占する心算でした。
ドイツ銀行を中心に ドイツ企業も雪崩のように
中国へ進出しました。

その尖兵がキッシンジャーに代表される
ユダヤ系アメリカ人と欧州人です。
(ラテン系、アングロサクソン系)
IMFのラガルド専務理事もそうですね、

ヴェトナム戦争の泥沼の体験を現在 
再び17年間 アメリカと欧州のNATO軍が味わっています。

主権在民ですから 軍は勝手な判断で動けない訳ですが、
政治家と金融資本が結び付き 
意味のない若者の血を流させているのです。

IMFは 昨日イタリアの国家予算に難色を示していましたが
イタリア政府は IMFの求める緊縮予算を跳ねのけて
独自の予算を作ってしまいました。

金融資本は取りっ逸れを恐れて 緊縮予算を要求するのですが、

ユーロ(フランクフルト)のコントロールを嫌う国は、
イギリスだけでなくなりました。

カブールで昨日自爆テロが起き 
宗教指導者を含む40数名が死亡しています。
イスラム教の原理主義者からは妥協し政治に参加する
宗教指導者も裏切り者に見えるのです。
どうなりますか?

又投稿記事の引用です

読者の声4)日産カルロス・ゴーン会長の逮捕、
ネットでは「K」の法則に外れはないと改めて納得。
瀕死の日産がゴーンの非情なコストカットでV字回復したまでは良かったのですが、
コスト削減のため韓国製部品を増やし、
ルノー・サムスン釜山工場の稼働率低下を補うため
日産九州工場から一部車種を生産移管するなど、
以前から日本国内の雇用などどうでもいいのかという批判は根強くありました。
 
2017年実績では国内生産はトヨタの三分の一、
商用車を合わせてかろうじてマツダ・スズキを上回る程度。
直近の乗用車生産では9月実績でスズキ・マツダ・ホンダ・ダイハツにも抜かれ第六位という情けなさ。
https://www.marklines.com/ja/statistics/flash_prod/productionfig_japan_2018
 
トヨタのプリウスが出始めの頃、
日産も独自のハイブリッド車を作っていましたが、
ゴーンはこれからは電気自動車だと言ってハイブリッド車は開発中止。
ところが電気自動車は全く売れずお荷物状態。
そんななかで日産のエンジニアは非公式に
エンジンで発電しモーター駆動する車両の開発に取り組み、
売り出したところ大当たりになったのがノート・セレナeパワーなのだとか。
 
ネットの書き込みを見ると日産の工場は設備はボロボロ、
検査データの不正もさもありなん、といったもの。
コスト削減のしわ寄せが末端の不正を招いたのだろうという声も多かった。
「一将功成りて万骨枯る」だったのかもしれません。
  (PB生、千葉)

引用終わり

役員同士の派閥争い アメリカダットサンの社長問題で拙ブログも書きましたが、
会社の経営を 社会党系、共産党系、民社党系、と
バラバラな組合が経営の足を引っ張り 役員は派閥争いと・・・

写真週刊誌に専従の組合員上がりが自動車総連の役職付き
あげく 参議院全国区で当選しましたが、
TV出演などで綺麗事を言っていましたが

銀座のホステス数名を
自分が所有するヨットに乗せて遊ぶ所を写真週刊誌に撮られてしまい
赤い貴族 とか 労働貴族と 大騒ぎに成りました。

そんな時に 役員の派閥争いや 組合への忖度も無いゴーン氏が登場し
容赦なく2万人に及ぶリストラと数多くの工場閉鎖で 
アッという間にV字回復でした、

人間関係や組合、政治家の介入も無い 
外国人が出来るコスト・カットでした。

元々技術の日産と言われていた位ですから、
アメリカ・ダットサンを立ち上げて成功させ
将来は日産自動車の社長に とも思われていた人事も立ち消える位
派閥争いは酷いものでした。

可哀そうでしたね。

オランダに設立した投資会社を隠れ蓑に
バージン諸島に ペーパーカンパニーを作り 
ゴーン氏は私腹を肥やそうと考えていたようです。

フランス政府の発表とは違い ネット上のフランス国民の反応は
概ね好評でした、
厳しい階級社会のフランスではゴーン氏逮捕はあり得ないと・・

世の中には超えてはいけない 一線が有る事を知らない人が多いようです。

夕方 歯科医の予約が有りますので
今日はこれで・・・・。

熱燗だな今夜は



by monk-1 | 2018-11-22 14:00 | Comments(0)

森羅万象 気になることを記します