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真実の姿

朝から雨ですね、
雨の降る夜は とても良く眠る事が出来ます。

韓国への輸出規制を 普通の国に指定し直した事で、
韓国は大騒ぎの様です。

日本のメデイアや 自称知識人の中にも、
意味不明な事を言う連中が現れて
炙り出し効果かな?と ・・・・・・。

アメリカのニュースを眺めていたら
NYの壁画に 
インドのガンジー氏と並び マザー・テレサの肖像が描かれ
話題を呼んでいました。

昔の電車の高架線路跡を整備して 遊歩道に成っているのですが
遊歩道をハイラインと名付けて 
ニューヨーカーや観光客の散歩道に成っているそうです。

植え込みを作り 自然遊歩道の様な形を取り
眺めも良いことから 
周囲の不動産開発が急ピッチで進んでいるようです。

その眺めの良い処から 壁画が見えると評判のようです。

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一昨日は 女子サッカーチームが 
ワールドカップの優勝パレードを行っていましたが

キャプテンの発言が 余りにも政治的過ぎて
少しアングリで、食傷気味です。

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ガンジー首相像は
インド独立をイギリスの植民地南アフリカで聞き及び、
弁護士の仕事を投げて インドへ帰ってきた人です。
 
以前 モデイ首相が来日した時の写真を上げて
インド独立戦争を 
チャンドラ・ボースと共に戦った 旧日本兵が存命で

その90歳を超える旧日本兵も招待されていて

モデイ首相は 車いすの旧日本兵に対して
跪いて「御存命とは・・・・」と 
感謝の言葉を言っていました。

その写真はインド国内に配信されていて、
多くのインド人から感謝の声が 届いています。

インド独立には 旧日本兵が大きく影響していた事を
知らない世代が多くなりましたね。

マザー・テレサについては 何度も書きましたが、

バチカンの広告塔で 集めた巨額の資金の不透明さ
アルバニア人のテレサが 何故?インドに

そして 劣悪な環境で投薬もせずに死んで行く人達を
見過ごすという酷い人間でした。

マザー・テレサは 
「イエスの苦しみと同じ苦しみを体験すること」で救われるとか

臨終の折 ヒンズー教徒をキリスト教徒に改宗させたとか

インド国内でも批判の多い 広告塔でした。
ドイツの週刊誌の女性記者の署名記事を紹介しながら

テレサ自身は 
バチカンが与えたNYの病院で
ペインクリニックの専門医が付くという 
破格の待遇で入院し

痛みを感じる事も無く 眠るように亡くなったと・・・。

私信をやり取りしたNYの枢機卿が
テレサは臨終間際に 
神の存在を疑っていたと発言し、
大騒動に成りました。
 
私信をベースに本を出版する予定でしたが

バチカンの反対で取り止めに成り 膨大な寄付金と共に

バチカンの闇えと消えてしまいました。

キリスト教はオカルト宗教なのです。

最近は多くの方々に 
キリスト教宣教師が日本を植民地化しようとして
日本人奴隷貿易を行っていた事も知られて来ました。

日本各地に存在する城を知り
水で回りを囲む 日本の城塞は攻めるのが難しく
一つの城を落とすのに 数万の軍勢が必要で

カトリックに改宗した
キリスト教徒の大名3・4名の軍勢では無理と・・・。
これが実情なのです。

”しばやん” さんのブログから引用します。

カトリックの司祭である西山俊彦氏の著書
『カトリック教会と奴隷貿易』に
1454年1月8日に教皇ニコラス5世
 (在位:1447~1455)が出した
『ロマーヌス・ポンティフェックス』が
訳出されているので紹介したい。

「神の僕の僕である司教ニコラスは、永久に記憶されることを期待して、
 以下の教書を送る。…
 
以上に記した凡ゆる要件を熟慮した上で、
 我等は、前回の書簡によって、
 アルフォンソ国王に、サラセン人と異教徒、
 並びに、キリストに敵対するいかなる者をも、
 襲い、攻撃し、敗北させ、屈服させた上で、
 彼等の王国、公領、公国、主権、支配、動産、
 不動産を問わず凡ゆる所有物を奪取し、
 その住民を終身奴隷に貶めるための、
 完全かつ制約なき権利を授与した。」

 
…ここに列挙した凡ゆる事柄、及び、
大陸、港湾、海洋、は、彼等自身の権利として、
アルフォンソ国王とその後継者、
そしてエンリケ王子に帰属する。
それは、未来永劫迄令名高き国王等が、
人々の救い、信仰の弘布、仇敵の撲滅、をもって
神とみ国と教会に栄光を帰する
聖なる大業を一層懸命に遂行するためである。
彼等自身の適切な請願に対し、
我等と使徒座の一層の支援が約束され、
神の恩寵と加護がそれを一層鞏固なものとするであろう。
我が主御降誕の1454年1月8日、
ローマ聖ペトロ大聖堂にて、教皇登位第8年」
 (『カトリック教会と奴隷貿易』p.76-77)

文中の「アルフォンソ」は
ポルトガル国王であったアルフォンソ5世(在位:1438~1481)だが、
この教書の意味することは重大である。
ポルトガル国王とその伯父のエンリケ航海王子に対して、
異教の国の全ての領土と富を奪い取り、
その住民を終身奴隷にする権利を
ローマ教皇が授与しているのである。

ローマ教皇は
「キリストに敵対する者の奴隷化の許可」を記した一方で、
「キリスト教徒の奴隷化の禁止」を
明記した教書も出したのだそうだが、
西山俊彦氏は著書でこれらの教書についてこう解説している。

「…『正義の戦争――正戦――』を行なうに当たっての
『正義』の基準が
『唯一絶対的真理であるキリスト教』に
『味方するか、敵対するか』にあると理解すれば、
論理は一貫しています。
しかも正戦遂行は義務もともなって、
戦争によって生じた捕虜を奴隷とすることは、
キリスト教以前から認められてきた『正当な権限』を
キリスト教も踏襲しただけということになります。
もちろん『正義』にしろ『正当な権限』にしろ、
それら原理自体には大いに問題ありと言わねばなりませんが、
これが現実だったわけで、
当時はイスラム教徒はキリスト教徒を、
キリスト教徒はイスラム教徒を奴隷として、
何ら不思議とは思われていませんでした。」(同上書 p.78)

キリスト教徒とイスラム教はいずれも一神教で、
お互いが相手の宗教を異教として許容することが
できない関係にあるために、
自国の領土だけでなく
奉じる宗教とその文化を守り広げていくために、
お互いが相手国の領土や富や人民を奪い合う争いを続けてきた。
ところが、大航海時代に、
キリスト教国が
わが国のような非イスラム教の国家と接するようになっても、
イスラム教の国々と同様の異教徒として、
わが国の敗残兵や民衆を奴隷として
大量に買い込んだのである。

このブログで、
日本男性の奴隷を傭兵として買うニーズが
高かったことを書いたが、
日本女性のニーズも高かった。
徳富蘇峰の『近世日本国民史 豊臣氏時代.乙篇』に、
レオン・パゼーが著した
『日本耶蘇教史』の付録に載せた文書が引用されている。
この文章も、
国立国会図書館の『近代デジタルライブラリー』で
公開されているが、
これを読めば、
多くの日本人が絶句するのではないか。

「ポルトガル人の商人はもちろん、その水夫、
 厨奴らの賎しき者までも、日本人を奴隷として買収し、
 携え去った。

而してその奴隷の多くは、船中にて死した。
そは彼らを無暗に積み重ね、
極めて混濁なる裡(うち)に籠居(ろうきょ)せしめ。
而してその持ち主らが一たび病に罹(かか)るや――
持ち主の中には、
ポルトガル人に使役せらるる
黒奴(こくど:黒人奴隷)も少なくなかった
――これらの奴隷には、一切頓着なく、
口を糊する食糧さえも、
与えざることがしばしばあったためである。

この水夫らは、
彼らが買収したる日本の少女と、放蕩の生活をなし、
人前にてその醜悪の行いを逞しうして、
あえて憚(はばか)るところなく、
そのマカオ帰港の船中には、
少女らを自個の船室に連れ込む者さえあった。

予は今ここにポルトガル人らが、
異教国におけるその小男、小女を増殖
――私生児濫造――したる、放恣、狂蕩の行動と、
これがために異教徒をして、
呆然たらしめたることを説くを、見合わすべし。」
http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/960830/214

なんと日本人少女が、
ポルトガル人に使われていた黒人奴隷に
買われていたケースが少なくなかったというのだが、
それほど安く日本人が売られていたのである。

にわかには
このような記録が事実である事を認めたくない人が
少なくないと思うのだが、
日本側にも奴隷にされた日本人がどのようにして運ばれたかを
記録した文書が残されているので読み比べておこう。
豊臣秀吉の祐筆であった大村由己(ゆうこ)が、
秀吉の九州平定時に同行して記した『九州御動座記』に、
秀吉が『伴天連追放令』を発令した経緯について記した部分がある。
この記録も徳富蘇峰の著書に引用されており、
 『近代デジタルライブラリー』で誰でも読むことが可能だ。

「今度伴天連等能き時分と思候て、種々様々の宝物を山と積(つみ)、
いよいよ一宗繁盛の計略を廻らして、すでに後戸(ごと:五島)、平戸、長崎などにて、
南蛮舟つきごとに完備して、
その国の国主を傾け、諸宗をわが邪法に引き入れ、
それのみならず日本人を数百男女によらず、黒船へ買取り、
手足に鉄の鎖(くさり)を付け、舟底へ追入れ、地獄の呵責にもすぐれ、
その上牛馬を買い取り、生きながらに皮をはぎ、
坊主も弟子も手づから食し、親子兄弟も礼儀なく、
ただ今世より畜生道の有様、目前之様に相聞候。

見るを見まねに、その近所の日本人、いずれもその姿を学び、
子を売り親を売り妻女を売り候よし、
つくづく聞しめし及ばれ、
右之一宗御許容あらば、忽日本外道之法に成る可き事、案の中に候。
然らば仏法も王法も、
相捨つる可き事を歎思召され、忝も大慈、大悲の御思慮を廻らされて候て、
即伴天連の坊主、本朝追払之由仰出候。」

日本人奴隷はなんと、鎖に繋がれて、家畜の様に運ばれていたというのである。
ルイス・フロイスの1588年の記録によると、
薩摩軍が豊後で捕虜にした人々の一部は島原半島に連れて行かれて
「時に四十名もが一まとめにされて、売られていた。
肥後の住民はこれらのよそ者から免れようと、
豊後の婦人や男女の子供たちを、二束三文で売却した。
売られた人々の数はおびただしかった。」
 (「完訳フロイス日本史8」中公文庫p.268)と記されている。

キリシタン大名は日本人奴隷を売った金で、
火薬の原料となる硝石を買い込んだようなのだが、
その硝石が後に島原の乱で江戸幕府との戦いに使われたという。
島原の乱については反乱軍の兵器の方が討伐軍よりもはるかに優位にあり、
犠牲者も討伐軍の方が大きく、
単純に農民一揆と分類されるような戦いではなかったのだが、
この乱については別の機会に書くことにしたい。

話を元にもどそう。
このように、わが国が西洋社会と接するようになって、
多くの社寺仏閣が破壊され、多くの日本人が奴隷にされたのだが、
宣教師たちはそれを止めようとした形跡は見当たらない。

今回の記事の最初に『ロマーヌス・ポンティフェックス』を紹介したが、
このようなローマ教皇教書にもとづきポルトガルやスペイン国王には、
異教徒の全ての領土と富を奪い取ってその住民を終身奴隷にする権利を授与されており、
宣教師は異教徒の国々をキリスト教国に変えるための先兵として送り込まれていて、
情報を収集するとともに、
後日軍隊を派遣して侵略できる環境を整える使命を帯びていたのである。
イエズス会を創設した一人であるイグナチウス・ロヨラは、
「私の意図するところは異教の地を悉く征服することである」と述べたのだそうだが、
わが国に来た宣教師が残した文書には、
東アジアの侵略事業を如何にして進めるかという
テーマで書かれたものをいくつも見つけることができる。

たとえば、イエズス会日本布教長フランシスコ・カブラルが
1584年にスペイン国王へ宛てた書簡にはこう記されている。

ここではイエズス会は、
キリシタン大名を用いて中国を植民地化することをスペイン国王に提案していたようだ。
「…私の考えでは、この征服事業(明の植民地化)を行うのに、
最初は7千乃至8千、多くても1万人の軍勢と適当な規模の艦隊で十分であろう。
・・・日本に駐在しているイエズス会のパードレ(神父)達が
容易に2~3千人の日本人キリスト教徒を送ることができるだろう。
彼等は打ち続く戦争に従軍しているので、
陸、海の戦闘に大変勇敢な兵隊であり、
月に1エスクード半または2エスクードの給料で、
暿暿としてこの征服事業に馳せ参じ、陛下にご奉公するであろう。
 」(高瀬弘一郎『キリシタン時代の研究』p.95)
1588年にアググスチノ会のフライ・フランシスコ・マンリーケが
スペイン国王に送った書簡にはこう記されている。
「…もしも陛下が戦争によってシナに攻め入り、そこを占領するつもりなら、
陛下に味方するよう、日本に於いて王*達に働きかけるべきである。

キリスト教徒の王は4人にすぎないが、10万以上の兵が赴くことができ、
彼らがわが軍を指揮すれば、シナを占領することは容易であろう。
なぜなら、日本人の兵隊は非常に勇敢にして大胆、かつ残忍で、
シナ人に恐れられているからである。」(同上書P.103)
*王:キリシタン大名の事

このように、
宣教師たちはわが国の小西行長や松浦鎮信ら
キリシタン大名の軍事支援があれば
シナを征服することは容易だと考えていたのであるが、

そのことは宣教師がキリシタン大名に出兵を要請した場合は、
彼らが出兵に協力してくれることについて確信があったということであろう。

もしキリシタン大名の協力を得てシナがスペインの領土となり、
さらに朝鮮半島までスペインの支配が及んだとしたら、
スペイン海軍はキリシタン大名とともに
江戸幕府と戦うことになったであろう。

他の宗教と共存できない一神教のキリスト教を奉じる西洋諸国が、
15世紀以降ローマ教皇の教書を根拠にして
武力を背景に異教徒の国々を侵略し、
異教徒を拉致して奴隷として売り払い、

さらにその文化をも破壊してきた歴史を抜きにして、
戦国時代から江戸時代にかけての
わが国の宗教政策や外交政策は語れない。

この時代のわが国に、
キリシタン弾圧があったということを
ことさらに強調する 本やテレビ番組などをしばしば見かけるのだが、
このような弾圧があった背景に 何があったかを一言も説明しないのは、
どう考えてもバランスを欠いている。

戦国時代から江戸時代にかけての日本人にとって、
キリスト教は、
20年ほど前のわが国でテロ事件を繰り返した某宗教集団よりも、
はるかに悪質な存在であったことを知るべきはないか。

引用終わり

ボケ老人がアトランダムに書いてきた事です。

パリのノートルダム大聖堂の火災の時に書きましたが、

パリの名前は シテ島に住んでいた パリジ族が由来で
パリ市の起点ですと、

そして テンプル騎士団の総長が火あぶりに成った場所ですとも・・・

仏南西部のラングドックで 
テンプル騎士団と共に虐殺された カタリ派は

ユダヤ教エッセネ派 グノーシス主義ボゴミール派で

ハザール汗国からの移住者では?と

ドーバー海峡から逃亡した テンプル騎士団の艦隊は
スコットランドのシンクレア家の庇護で
スコットランドにロスリンチャペルと言う教会を作り

ポルトガルへ逃れた騎士団は
キリストの騎士団と合流し 
天測、航海術、等アラブからの技術を持ち込んだとも
書きました。

航海王と呼ばれるエンリケ王子はその後の話です。

マダガスカル島を拠点に 
アラブ船を主に海賊行為を行っていました。

南アジアは欧州では高額の 香辛料の貿易が盛んでした。
その後 バスコ・ダガマが南周りで
喜望峰を回る航路を発見しました。

ハザール系ユダヤ人のネットワークと
キリスト教徒の世界制覇が 一致するわけです。

何故 国際金融植民地主義者、国際金融帝国主義者と言うか

昔は法皇の威光と宣教師が尖兵に成り
植民地の開拓が行われていましたが、

先の大戦でも理解できるように 
国際金融資本が世界制覇を考えているのです。

食料 → エネルギー → 金融 → 情報(メデイア)と
これらを制する事が 
世界を制する為に必要なのです。

情報の管理(コントロール)は 
日本のメデイアを見て居ると良く解りますね。

又 フリーメーソンと国際金融資本が左翼とキリスト教を利用することも
目的に叶うからで

キリスト教もその手段の一つです。

意味不明なキリスト教の団体が 韓半島から次々と来て
日本国内で 反日活動を在来のキリスト教団体と一緒に運動するのです。

おまけですが、
前の法皇はポーランド人でハザール系です
そして 
アメリカ国籍でポーランドからの移住者 
神学(哲学者)のアンナは
法皇の愛人です。

ヨハネ・パウロ法皇と愛人がキャンプです。

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アメリカ国籍の女性哲学者アンナです。


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ボケ老人の独り言です。


by monk-1 | 2019-07-12 10:26 | Comments(0)

森羅万象 気になることを記します